まるちゃんの話

さくらももこさんが亡くなったそうだ。

 

小さい頃よくアニメを見たし、映画も数本見た。エッセイも読んだ。『ちびまる子ちゃん』は全巻読んだ。

でも、何より記憶に残っているのは『満点ゲットシリーズ ちびまる子ちゃんの文法教室』という、まる子ちゃんの亜種の亜種のようなシリーズだ。『文法教室』というタイトル通り、ことわざ、四字熟語、文法をキャラクターから学ぶというおそらく小中学生向けの内容である。

父は何度かこのシリーズをわたしの誕生日に送ってきた。

 

父と離れて暮らすようになったのはわたしが幼稚園を卒業する年のことである。

初めは離婚ではなく別居という形を取っていて、実際には両親が離婚したのはしばらく時間が経ってからであったようだ。子供ながらに大きな変化が起こったのは当然よく分かったし、不安な母の気持ちが伝わったのだろう、新生活はとても恐ろしく感じた。父か家を出て行く姿は今も鮮明に思い出すことができる。

父は仕事が忙しく、そもそも同居していた時期から思い出らしい思い出は多くない。別居直後は数回電話を寄越したし数回は父と遊んだ記憶もあるものの、いつしか父に会わなくなってしまった。父としても自分の娘との付き合い方が分からなかったのであろう、当時流行っていたアニメや漫画の話題をよく口にしていた。その中の一つが『ちびまる子ちゃん』だ。

父はエリートである。娘にも厳しく教育する予定だったのだろう。教育したいという思いと娘との接し方の悩み、その二つが相まって『文法教室』シリーズを買ったのだ。かつて同じ時間帯に放送していた『サザエさん』より教育色が弱く、『こち亀』より上品な『ちびまる子ちゃん』は親にとっても子にとっても丁度良いと判断したのではないか。今となれば父の気持ちを多少は想像することができる。しかし幼いわたしにとって父は「母を大事にしない人」で、アニメや漫画の話も気恥ずかしいし、子供の誕生日さえ教育の話題を持ち込むのかと反発する気持ちが大きかった。満点をゲットすることより母を手伝うことの方が大事だと思っていた。プレゼントをもらってすぐにはとても読む気にはなれなかった。

 

 

詳細は全く覚えていないが、ある日ふと『文法教室』を読もうと思い立ち、家にある数冊を全てよんだ。漫画も全て読むくらいまる子ちゃんが好きだったし何より国語が好きだったわたしは繰り返し何度も読んだ。結果的に国語のテストや漢字検定、高校受験で役立つ知識が身についてしまった。

 

もう20年近く父とは会っていないし、数年おきにくるSNS上での接触も全て無視している。これはわたしだけではなく、妹二人も同じ状況のはずだ。今でも父と連絡を取りたいとは思えない。おそらく、妹二人も同じ心境のはずだ。

さくらももこは53歳で亡くなった。彼女の人生や作品についてはたくさんの人が論じることになると思われる。昭和から平成への過渡期という一つの時代の象徴を生み出した彼女は、平成の最後の年に亡くなった。彼女はわたしの父と一歳しかかわらない。

 

『文法教室』をある日突然読む気になったように、そしてさくらももこが象徴する時代の終わりがすぐそこに見えているように、わたしにも父を避ける時代の終わりが来るのかもしれない。父のプレゼントが迂回してわたしの人生に影響を与えたように、わたしの人生が彼を求める時が来るのかもしれない、と、平成の終わりを前に考えてしまう。